雪山を走ることについて

春がやってきて、雪山シーズンが終わってしまう前に、雪山については書いておこう。
去年の夏にトレランを始めた。秋が来て、冬が来て、雪が降り始めた。
そういえば、冬場はトレランはできるんだろうか?みんな冬のトレーニングはどうしているんだろうか?初めての冬のシーズンに、素朴な疑問が湧いた。

ブログなどを漁っていると、冬場はトレイルから足が遠ざかって、ロードトレーニングが中心になる、という人もいた。
でも、なんだかそれも寂しい。「冬って、山は走れないのかなあ?」と思っていたところに、同僚のにみさんが興味深い写真を見つけてきた。アメリカの著名なランナーで『EAT&RUN』の著者でもあるスコット・ジュレクが、Instagramで雪のあるトレイルを普通に走っている写真をアップしていたのだ。

'Tis the season #runhappyholidays

Scott Jurekさん(@scottjurek)が投稿した写真 -

よく見てみると、秋口とそれほど変わらないような格好で、普通のトレランシューズに見える靴を履いて、雪の上を走っている。
「なんだ、雪山でも普通にトレランできるんじゃないか!」と分かった。

さらに、以前に北アルプスで縦走している時に知りあったいちごちゃんさんと再会する機会があり、そこでも「雪山行きましょうよ。思ったより敷居高くないんですよ」と誘われた。こんな可愛らしい女性でも、雪山に登っているのか、もしかしたら僕がちょっとビビり過ぎなのかもしれない、と思えてきた。

そうとなれば、冬でもどんどん山に行こう!と思い、夏や秋と変わらないペースで(いや、むしろもっと頻繁に)山に通うようになった。冬場は木々の葉っぱが落ちているので、日当たりが良くて道が明るい。そして木の葉がじゅうたんのように敷き詰められているトレイルは、まるでじゅうたんの上を走るような柔らかさだ。

蓬莱山・武奈ヶ岳

低山の雪のないトレイルだけではなく、一度雪のある山にも行ってみよう、ということで、最初に比良山系の蓬莱山・武奈ヶ岳に行ってみることにした。

とはいえ、やはり雪山である。昔ワンダーフォーゲル部で登山をしていた頃は、雪山といえば30キロを超える荷物を持ち、万が一のことがあっても安全に帰ってこられるよう冬山用の装備で身を固めて山に入ったものだ。そんな雪山に、たった3,4キロしかない荷物で、トレランシューズを履いて登っても本当に大丈夫だろうか。いざ、出発が近づくと、緊張してきて夜も眠れなかった。

とにかく、「ちょっとでもやばいと思ったら、すぐ帰ってこよう」と考えた。トレランスタイルなら、どれだけ高いところからでも、1時間もあれば降りてこられる。「雪が深すぎたり、何か危険を感じたら、迷わずに退散しよう。そうすれば、危なくないところまでは行ってこられるはずだ。」と考えた。要するに、いつものトレランの延長線上で、「これならちゃんと帰られる」と感じる範囲で行動して帰ってこれば良いのが。そう考えると、少し気が楽になった。

そしていざ蓬莱山へ。蓬莱駅から蓬莱山へ1000m近い急登を登り、そこから比良山系を縦走して、できれば近江高島まで行く計画だ。行程がかなり長いので、危なかったり、寒かったり、疲れたりすれば、どこからでもエスケープするつもりだった。

小女郎峠から主稜線に向けて登って行くと、標高800くらいから雪がつきはじめるものの、それほどの積雪量ではない。例年に比べるとかなり雪が少なかった。

そのまま峠まで出るが、ここでもまだ地面が見えていた。結局、特に苦労なく蓬莱山頂に到着することができた。
蓬莱山頂はびわ湖バレイスキー場になっているため、ここだけは人工雪が積もっている。スキーやスノーボーダーが遊んでいる中を、一人ランニングして下ったが、我ながらなかなかシュールな光景だった。

そこから比良山の主稜線を北上するが、ここはほとんど雪はなし。武奈ヶ岳の手前で再び雪が現れ、武奈ヶ岳山頂へ。
結局、それほど苦労することなく、蓬莱山、武奈ヶ岳と、比良山を代表する2つのピークに来てしまった。

靴も、普通のトレランシューズ(アルトラローンピーク)だったが、この日の雪の量であれば全く問題がなかった。というよりも、雪の上はクッションが効いて、むしろいつもより走りやすいくらいだった。そして何よりも、美しい。普段は見られない景色に心を奪われてしまった。

帰りはそのままリトル比良を縦走して近江高島まで。距離が長くて疲れたけど、雪山だから特別な困難があったか、といえば、少し寒いくらいで、結局予定通り走りきれてしまった。

条件も良かったと思うが、やっぱり雪山でもトレランはできるのだ。


さらに雪がある武奈ヶ岳

そうとなれば、もう少し行ってみたい。もう少し雪の多いところや、もう少し高い山に。
そんな気持ちが膨らんできた頃、今度はGoogle Mapsで、キリアン・ジョルネが山を走っている動画を見つけた。キリアン・ジョルネと言えば、UTMBで3勝している、世界トップのトレイルランナーだ。
http://mag.onyourmark.jp/2016/02/googlemap/86204

この動画を見ると、キリアンが冬のアルプスの雪の稜線を、アイゼンを履いて走っている。
「そうか、こんなに雪があっても走れるんだ」とまた思ってしまった。

もちろん、さすがにアルプスの稜線ともなると、雪山の装備と知識が必要になるだろうけど、一応自分にも雪山でテント泊しながら日本アルプス稜線に行った経験もある。きちんと安全圏内で行動すれば、もう少し上まで行けるんじゃないか、という気がしてきた。

と、いうわけで、まずは友だちのけけくんとさらに雪が増えた武奈ヶ岳に登ることにした。前回から何度か雪が降って、積雪が1m近くになっていた。

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前回はトレランシューズに防水もせずに行ったが、さすがにこれだけ雪が多いと防水なしというわけにもいかないだろう、ということで、今度は靴下の上にビニール袋を履いていくことにした。
さらに、前回もゲレンデではグリップが効かずに苦労したので、軽アイゼンを購入。走れるアイゼンの情報を調べると、モンベルのチェーンスパイクが値段も手頃で評判が良かったので、これを準備した。

さらに、足首から雪が入るのを防ぐために、アルトラ用のゲイターを購入。足回りをこれくらい改善して武奈ヶ岳に挑んだ。

登ってみると、前回とは比べ物にならないほどの雪の量。地面は全く見えなかった。

雪がつき始めると早速チェーンスパイクが活躍。グリップは十分あり、足も濡れずに快適だった。

そして武奈ヶ岳山頂に到着。かなりの雪だったが、今回も無事に到着できた。

ということで、2回めの雪山武奈ヶ岳も成功。
そして、雪に覆われた山の姿は、白一色で、本当に美しかった。


八ヶ岳、天狗岳へ

それからも、遠くに白い山が見えるたびに、心が動く。
あの美しい世界にまた戻りたい、という気持ちがむくむくと出てくる。
もっと美しい光景があるんじゃないか、という気がしてくる。

どこかで、「ここまで来たら、とりあえず満足だろう」と思えるところまで、一度行っておかないと、この気持は収まらないんじゃないか、と考え、いよいよ信州に出向くことにした。

ちょうど東京出張の予定があったため、八ヶ岳の天狗岳に登ることに。もしもコンディションが良ければ、そこからさらに硫黄岳を狙う計画を立てた。

八ヶ岳は3000m近い標高があり、1200mそこそこの比良山とはレベルが違う。一歩間違えば大変なことになる。
八ヶ岳の主峰といえば、やはり赤岳ということになるだろうが、さすがに岩場もあって軽装備で登るのは危険だ。八ヶ岳連峰の中でも、比較的登山道が緩やかで登りやすい、天狗岳を選んだ。
そしてまず、かなりコンディションの良い日を選ぶことにした。そして、もしも何か危険を感じたら、すぐさま撤退する。絶対に、登頂にこだわったり、無理をしたりしない、ということを決めた。

当日は事前の予報通り晴れ。風も全然なかった。

装備は、さすがにビニール袋を履いて走るのは足が滑ったので、防水シューズを買うかどうか迷ったが、結局よほどの時でないと使わないだろう、と考え、代わりにシールスキンズの防水靴下を購入した。これは正解だったと思う。

また、武奈ヶ岳では雪が深くなるとバランスをとるのが難しかったので、今回はトレッキングポールにスノーバケットを付けて、持っていくことにした。

それ以外のウェア類は武奈ヶ岳とそれほど変わらず。荷物は全部で3.5kgほどになった。

黒百合ヒュッテで一気に空が開けて青空に。稜線の絶景を予感させた。

そして雪の稜線へ。動画で見たような景色の中を歩く時間がやってきた。まるで天国にいるよう。

傾斜が急な場所はあるが、ピッケルや12本爪アイゼンがなければ登れない、という程ではなかった。

標高を上げていくと、西天狗岳が近くに見えてくる。

そして東天狗岳に登頂。風がなく、絶好のコンディションで、あまり寒くなかった。

西天狗岳に登り、東天狗岳に戻る稜線から。このコースのハイライト部分。

東天狗岳から南方向、硫黄岳、赤岳方面。
さらにこの稜線を進んでみる。

天狗岳から一度コルまで下り、そこから硫黄岳方面に登り始めたものの、根石岳手前の急傾斜のトラバース区間があり、少し危険を感じた。
ピッケルがあれば、最悪滑落したとしても止まれるのだが、さすがにスノーポールだけでは滑り出したら止まるのは難しい。
頑張れば行けるかもしれないが、絶対に無理はしない、と決めていたので、ここで引き返すことにした。
写真はたどり着いた場所から振り返って撮影した天狗岳。一応来た証拠として。

Junya Kondoさん(@jkondo)が投稿した写真 -

硫黄岳を諦めてコースが短くなったので、代わりに北に走って白駒池に行ってみることにした。
池は完全に凍っていて、上を歩くことができた。
これはこれで、めったにできない経験ができたので楽しかった。

ということで、天狗岳も登頂することができた。

雪山というと、とにかく装備が重く、登りがしんどすぎて正直あまり良い思い出がなかった。
もちろん、上まで行けば絶景が待っているのだが、そこに至る過程がつらすぎて、肩の痛みや、あまりの重さに上りの途中で何度も休憩しながら、苦しんで登っていた記憶ばかりである。

ところが、トレランザックにトレランシューズで登ってみると、もう、楽しい事しかない。
雪山がこんなに楽しくて良いのだろうか、と思ってしまう。
登りですら、楽しみながら登れる。そして稜線に出てみれば、圧倒的な絶景が待っている。こんなに楽しくて良いのだろうか、という感覚である。

もちろんこれは、限られた条件の中で、ちゃんと危険が判断でき、いざという緊急時にも対応できる体力や知識が必要である。
あまり気軽に人に勧められることではないが、しかし、注意深く取り組めば、そこには想像を絶する喜びが待っている、ということも合わせて言及しておきたい。

白い稜線に、いつかまた、笑って立ちたい。