京都から三重の実家までトレイルを走ってみた - 柘植から菰野まで(回想録)

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この連載は、2015年10月31日、11月3日の2日間で、京都から三重県菰野町までトレイルをつなげて走った記録です。
第1回:京都から三重の実家まで、トレイルを走ってみた - Tender is the Mountain
第2回:京都から三重の実家までトレイルを走ってみた - 京都から柘植まで1 - Tender is the Mountain
第3回:京都から三重の実家までトレイルを走ってみた - 京都から柘植まで2(回想録) - Tender is the Mountain

ひょんなことから、最後まで書いていなかった三重まで走った記録を仕上げることになりました。
記憶を掘り起こしながら、三重までの道のりを振り返ります。

10月31日に前半ルートを走り終え、それから3日後。いよいよ後半ルートに挑戦する日がやってきた。
後半は54kmほど。柘植駅から油日岳に入り、そこからずっと鈴鹿山脈の県境稜線を進み、最後は御在所岳を越えて、菰野町の実家に至るルートだ。
前半より距離は短いものの、ほぼ全ての区間鈴鹿山脈の稜線にあたる。
つまり、「ほぼ全て山」ということだ。しかも、標高1000mを超えるような、ちゃんとした山だ。

途中に店などないどころか、ずっと稜線を行くために、水場もない。
前半の里山とはうって変わって、かなりしっかりとした山岳ルートになる。

東海自然歩道は、もう少し下の、里山地帯を縫うように進んでいるが、
これだけ立派な山脈がそびえているからには、稜線を走らないわけにはいかないだろう(笑)。

ところで鈴鹿山脈といえば、子どもの頃から毎日見上げていた山で、
高校のワンダーフォーゲル部時代には、毎週のように通った、僕にとっては故郷のような山脈だ。

その鈴鹿山脈を、全山縦走しよう、と思い立ち、若い頃に一度挑戦したことがある。
確か20歳くらいの時だったと思う。

その時は、1週間分の食料やテントなど一式をザックに詰め、25kgくらいの荷物を担いで山に入った。
鈴鹿山脈の北の端、醒ヶ井から霊仙山に入り、そこから南の端、油日岳を目指した。
毎日夕方になると適当な水場を探してテントを張り、一人で夜を迎えた。
テントでは、川のせせらぎや鳥の鳴き声を聞きながら、本を読んで過ごした。

御池岳、藤原岳、竜ヶ岳、釈迦ヶ岳と進み、ハト峰にたどり着いた日に、嵐がやってきた。
ものすごい風と雨で、1日停滞し、すっかり気持ちが萎えてしまって、結局翌日、御在所岳から武平峠に出たところで山を降りてしまった。

そんなことがあって、鈴鹿山脈全山縦走は未遂に終わったままだったし、武平峠以南の稜線は、まだ歩いたことがない区間がほとんどだった。

あれから20年もの時間が経過したが、今回武平峠までの道を歩けば、全稜線を縦走したことになる。
それもまた、今回の目的の1つだった。

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前回のゴール地点、柘植駅を朝5時にスタート。
あたりはまだ真っ暗だ。
ヘッドライトの灯りで、最初の山、油日岳を目指す。

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少し急な道もあったが、しばらくして油日岳に登頂。
ようやく空が白み始める。
今のところ順調だ。

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ここから稜線に入る。

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インターネットで調べていると、鈴鹿山脈鈴鹿峠以南は、「標高が低い割に難ルートで、舐めてかかってはいけない」、という情報がたくさん出てくる。
そのために、少し警戒していたが、今のところそんな厳しさは特に感じない。
油日岳から三国岳へ向かう稜線も軽快に走ることができ、「この調子なら、明るいうちに菰野までたどり着けるんじゃないか」と思っていた。

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しかし、三国岳の頂上手前辺りから、様子が変わり始めた。
傾斜が激しくなりはじめ、細かく急なアップダウンが出始める。
岩が露出し、ロープを伝って登るような場所も出てくる。
「これか!これがネットに書いてあったやつか!」と思いつつ、三国岳へ。

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ちょうどこの頃に日が昇ってきた。まだ時間は6時半。
このときはまだまだ余裕があった。
たまにこういう岩場が出てきたとしても、ずっと続くわけではないだろうし、時間もたっぷりある、と思っていた。

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ところが、である。
ここから先はなんと、ほとんどそういう感じだった。
急な斜面を登っては、下る。登っては、下る。
手も使って昇り降りするような急な傾斜が何度も何度も続き、全然思うように進まない。

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次々に現れる山の塊をクリアしながら、那須ヶ原山に着いたのが7時。

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唐木山には7時半に到着した。

地図上の距離で言えば、三国岳からたった3kmほどしかないのに、1時間もかかっていた。
唐木山に着く頃には、かなりたくさん登ったな、という満腹感たっぷり。
「随分進んだんじゃないかな」と思って地図を見るが、まだ鈴鹿峠までの半分ほどしか来ていなかった。
この頃になると、「うーん、これは思ったより大変だぞ」と、少し焦りが出始めた。
これだけ歩いても、鈴鹿峠までの半分しか来ていない上に、鈴鹿峠からはさらに4倍くらい距離がある。
あまりの進まなさに、本当に今日中にたどり着けるのだろうか、と不安になってきた。

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しかしもう、進むしかない。
最初は、話に聞いていたほどでもないんじゃないか、と思っていたが、噂に違わぬ険しさだった。
正直言って、北のセブンマウンテンのエリアよりもよほど進みにくい。

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唐木キレットと呼ばれる岩場を越え、溝干山にたどり着いたのが8時。
まだまだ険しい道が続く。
ちなみに、油日岳から鈴鹿峠までのこの区間でば、他の登山客とは1人も出会わなかった。あまりメジャーな道ではないようだ。

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そこからさらに進んで高畑山に着くと、いきなり展望が開けて、滋賀方面から三重方面まで、全方位を見渡すことができた。
なんだかわからないけど、ここで「着いた〜」という気持ちになった。

下には、新名神が見える。いつもはあの道を通って、実家に帰省している。
逆に言えば、高速を通るときにいつも見えている山がここだ。
いつも通っている場所が見えたことで、ちょっとほっとした。

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高畑山から鈴鹿峠への下りにもガレ場が出現。慎重に下る。

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しばらく行くと、走りやすい杉林のトレイルになり、下っていくと鈴鹿峠にたどり着いた。
やっと、第一セクションクリアだ。
時刻は8時40分。

柘植駅からの距離は12kmほど。
まだ全体の4分の1も来ていないというのに、ここまでで4時間近くかかってしまった。

峠は古い東海道の街道の趣を残しており、東には国道1号線が見下ろせ、西側には美しい茶畑が広がっていた。

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「ふうー、やっと鈴鹿峠だあー」と思って峠を歩いていると、旧東海道を巡っている老夫婦に出会った。
スタートして以来、はじめて人に会った。
ちょっとホッとしながら、おにぎりを食べる。

二人は、少しずつ東海道を歩いて、京都を目指しているとのこと。
「僕も京都から来たんです」と話すと、
「どういうルートから来られたんですか?」と聞かれた。
「湖南アルプスを抜けて信楽を越えて鈴鹿山脈を…」と説明を始めると、「え?」という不思議な顔をされていた。
まあそうなりますよね。。自分でもなんでこうなったかよく分からないんです(笑)。

お互いに写真を撮り合い、再び登山道へ。
久しぶりに人と出会って少し元気をもらった。
あと4倍も距離があるのに、大丈夫だろうか、なんて考えていても始まらないので、再び進み始める。

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鈴鹿峠を越えると、少し道が歩きやすくなり、9時20分に三子山(北峰)に到着。
ようやく、普段のトレランっぽい感じで進めるようになった。
3つのピークを抱える三子山山頂の看板には、3つのピークと、今どこにいるかが赤い点で記されていて面白い。

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ここから四方草山に向かう途中で、また所々岩場が出てくる。
しかし、険しい箇所は部分的で、山と高原地図では、この辺りのルートが点線になっているが、個人的には鈴鹿峠以南よりも歩きやすいと感じた。
紅葉が美しい。

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四方草山に9時50分に到着。

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ところどころ岩が出てくる道を進み、安楽越に出たのは11時。
昼が近付いてきた。

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ここから標高が高いエリアに入っていく。時間はすでに、昼前。
予想よりも時間がかかっている上に、身体も随分疲れてきた。もう6時間もほとんど休まずに行動し続けているのだ。

安楽峠を越えると、次に舗装路に出るのは、武平峠だ。そこまでは、車で来れる場所がない。つまり、何かあっても助けに来てもらえることは難しい。
そんなことは、山に入れば当たり前といえば当たり前だが、こうやって舗装路の峠に出ると、いつもそのことを考えて、身が引き締まる思いがする。

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ふう〜。つかれたよ〜。
もう11時なのに、まだこんなところだよ〜。
これからもっと高い山が続くよ〜。

とりあえずおにぎり食べよう。
水飲もう。
ストレッチしよう。

ふうー。

さて、行く?
行くか、行くよね。
うん、行くしかないよね。

地面に座りながら、軽くそんな自問自答をし、出発。

天気も良くなって来たし、進むしかないだろう。

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かもしか高原への道は、よく整備されていて遊歩道のよう。

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臼杵ヶ岳に着くと、このあと登る仙ヶ岳と、野登山が目の前に見えてくる。
仰ぎ見る角度が高い。これまでとは標高のレベルが違うのが分かる。

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舟石という岩場のビュースポットからは、新名神鈴鹿市方面、伊勢湾を見渡すことができた。

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しばらく行くと、急に視界がひらける。ここが御所平のようだ。
ここではじめて、他の登山者の方と出会った。中年の男性が、地図を見ながら歩いていた。
「御所平ってどこですか?」と聞かれ、
「たぶんここだと思います」と答えた。
人もまばらな秋の季節に、彼は何を求めて御所平を目指して来たのだろう。

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御所平を越えて、仙ヶ岳が近づいてくると、すごい角度で山頂が迫ってきた。
なんでそんな急な角度なの、と思いながら、登りに取り付く。
ここから標高が一段上に上がり、鈴鹿山脈の1000メートル級の稜線が始まる感じだ。

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しばらく登り道を進み、ついに仙ヶ岳に登頂!
景色が素晴らしい!(そして寒い!)
頂上にたどり着くと、ついに鎌ヶ岳と御在所岳が見えた!
・・・って、遠い〜!!(あそこまで行くの!?)
見えたのは良いけど、遠すぎませんか!w
この道をこれから全部行くのか、と思うと、軽く気が遠くなりかけるが、あまり細かいことは考えないことにして、おにぎりを頬張る。

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この時点で時間は13時。
ようやく、鈴鹿山脈の主稜線、という感じの高度感と景色のある場所までたどり着いた。
スタートからは8時間が経過。
距離はここまでで28km。ようやく半分と少し。

想像通り、いや、想像以上の険しい道のりに、いやはや、大変なコースに挑んだものだ、と改めて思った。
しかし、ここからは高度感のある景色の良い道が続くことが楽しみでもあった。

この際、しっかり楽しみながら行きたい。
しばらく休んでから、再び気持ちを入れて、稜線に向けてスタートした。

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仙ヶ岳のもう一つのピークと仙の石。

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小社峠から宮指路岳に登る区間に入ると、急な岩場が出現。
ここで、若い男性一人と、女性二人のパーティが前を歩いているのが見えた。
3人でとても楽しそうに話しながら歩いていて、少しうらやましくなった。どうやったら、男1人、女2人という構成のパーティが生まれるんだろうか。そんな境遇になったことなど、僕は一度もないぞ、などとぼんやり考えながら近付いていった。
一方の僕の方は、前半に想定以上に水を飲んだために、水が予定よりも少なくなってしまっている。次に水が補給できる御在所岳まで、持つかどうかが少し不安だった。
たくさん荷物を持っている3人のパーティに、よっぽど「水を分けてもらえませんか」と頼もうかと考えたが、いざ追いついてみると、そんなお願いとても出来ないな、と思いとどまり、「こんにちは〜」とにこやかに挨拶をして通り過ぎた。
申し訳ない、という思いもあったが、格好悪い、という思いもあった気がする。まあ、水が足りなくなったら、どこかで沢にでも下ることにしよう。

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宮指路岳。標高946m。
946mだから、宮指路(くしろ)岳である。
なんという安直なネーミング!笑

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だんだんこの辺になってくると、記憶も写真も少なめになるが、それだけ進みやすい道だったということだ。
水沢岳に15時に到着。
標高が1000mを超え始めた。

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水沢岳を越え、鎌ヶ岳を望む。
仙が岳から見た距離に比べると、随分近付いた。
もう、この目の前の稜線をバーっと走って、ちょろっと上ったら鎌ヶ岳やん!
という気持ちになってくるが、、、

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どーん。
少し進むと現れる岩場。

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そう、何を隠そうこの区間は、鈴鹿セブンマウンテンの中でも、一番険しい言っても過言ではない鎌尾根と呼ばれる区間
痩せた岩場で高度感があり、怖さを感じる。
陽も傾き始めて、空気もひんやり。
なかなか簡単には通してもらえない。

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岩場を慎重に進み、鎌ヶ岳直下に到着。
最後の岩峰に近づくものの、どうやって登るんでしょう、これ?

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なるほど、この右側の谷から行くみたい。

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岩の斜面を上りながら振り返ると、これまで来た道が見渡せた。
直前に通った鎌尾根の険しさが際立ち、その向こうには水沢岳から仙ヶ岳まで続く稜線が見える。
あの仙ヶ岳からこちらを見たときは、軽く気が遠くなったっけ。
いやあ、よく来たなあー。

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そして、ついに鎌ヶ岳登頂!時間は16時。
あたりは夕陽の色に染まり始めています。

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やっと菰野町に到達。いよいよ故郷の町までやって来た。
でかい山はあと一つ!

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雲母峰と伊勢湾が美しい。

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御在所岳はすぐそこ!

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ここからガレた道を一気に下り、武平峠へ。
止まらずに登り返し、御在所岳へ。

武平峠から御在所岳へ登る途中で、中年の女性登山者の方とすれ違った。
「今から登るんですか?」と聞かれて、「はい」と答える。
恐らくその言葉には、
「今から上ったら確実に暗くなるよ。そんな軽装で登るなんて、大丈夫?」
というニュアンスを含んでいるのを感じたが、
「はい、分かってます」
という気持ちで通り過ぎるしか無かった。
うん、分かってるんです。(僕だって、なんで夜の御在所に向かっているのか、って思うこともあるんですよ!)

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そんなこんなで、御在所岳登頂!

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もう、言葉も表情もありません。

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なんてきれいな夕焼け。(そしてここで、日が暮れました)

山頂のホテルでジュースを買ってやっと水分補給。(なんとか水は持った)

ここから国見岳を上って、あとは基本的に下るだけ。
ついに、ゴールが近づいてきた。

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国見岳に差し掛かる頃には、あたりは暗闇に。
見下ろすと、一面に菰野の町の灯りが。
あのどれか一つが、ゴールの実家。

国見岳を越えると、県境稜線に別れを告げて、支稜に入る。
あとは下るだけ、と思っていたら、ハライドで想定外の急登。
これが最後、と言い聞かせて登りきり、今度こそあとは下るだけ。

ヘッドライトの明かりで、真っ暗の山の中を、朝明渓谷まで下る。
寒い夜の、暗い山の中、恐らく周囲数キロ内には、人は誰もいないだろう。

ヘッドライトの灯りに意識を集中させて走りながら、自分がまるで、暗闇を舞う鳥になったように感じた。
背中に羽が生えて、星空の下を飛んでいるようだった。

高校時代は、1日かけて松尾尾根から釈迦ガ岳に登り、根の平峠まで縦走して降りてくるのがやっとだった。
夜の山を歩くなど、論外だった。

それが今こうして、油日岳から1日で、こんなところまで走っている自分がいる。
夜の山を、ライト一つで走っている自分がいる。

今から思えばあの頃は、「山はこうやって登るものだ」という常識に、随分と縛られていたと思う。
それによって学んだこともたくさんある。あの頃があるから、今の自分があると思う。
だけど、山との付き合い方は、もっとたくさんあるし、自由で良い。

恐らく同じような気持ちを持った人たちが、自由な発想と、勇気を持って、山の可能性を広げてくれたんだと思う。

もっと軽装で山に入っても良いんじゃないか。走りたかったら走れば良いんじゃないか。夜だって楽しめば良いんじゃないか、と。

そうした人たちの挑戦と、それを伝えてくれる人たちのおかげで、僕もこうして、自由になることができる。
人間ていいな。

楽しさを見つけて、伝えあって、可能性を広げていく。
そんな生き物なんだな、とぼんやり思った。

長く続いた下りも終わると、朝明渓谷の林道に出た。
ついに、鈴鹿山脈を走り通すことができた。
山の区間を、無事にクリアすることが出来た。
20年越しの、鈴鹿山脈全山縦走も、達成できた。

下の町へと至る林道をゆっくり走りながら、お腹の底から静かな喜びが込み上げてきた。

世の中的にどんな価値があるのかは分からないが、何か確かなものを、自分は成し遂げられた、と感じた。

最後のロード区間では、足がもうガタガタで、走り続けることが難しかった。何度も歩いたり立ち止まったりしながら、実家のある集落にたどり着くと、家族が迎えにきてくれていた。

ただいま。着いたよ。
家まで一緒に走り、長い挑戦は終わった。

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19時47分到着。距離は54km。
行動時間は14時間47分。

最後は暗くなったとはいえ、8時前にはゴールできた。
トレイルばかりをつなげて、実家まで帰るという、自分でも出来るかどうか分からなかったアイデアが、実現した。

僕はこれから、「京都から実家まで走って行ったことがあるよ」、と人に言える。
それが、ちょっとうれしい。

(完)

Stravaの走行ログ

前半(1日目)


後半(2日目)