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奥三河パワートレイル準備編

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三河パワートレイル、70km、完走しました。9時間54分。10時間切れました。レースで完走した最長距離を更新です。
今回ちゃんと完走できたのは、本番がどうこう、という前に、そこに至るまでの経緯、肉体的な準備と、精神的な準備がほとんどだったと思う。まずはそこから振り返りたい。

壁を抜ける

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3月21日に、三重県まで100km走り通すことができ、自分の中で何か、「壁を向こう側に抜けた」感覚があった。
実際に、未知の距離を走り通せたわけだし、初めて夜を越えて走ったので、物理的な距離的にも、時間的にも、壁を越えられたわけだけど、それに加えて、何か、精神的な壁を一枚抜けた感覚があった。
その感覚は、走り終わった直後の時点で、すでにぼんやりと感じていたわけだけど、日が経つにつれて、だんだんそのことが、自分の中でより明確に認識できるようになっていった。
なんとなく「何かを抜けた気がする」と感じてはいたが、その後いろいろなことが少しずつ変化していることに気付くにつけ、「ああ、やっぱりあそこで何かが変わり始めたんだな」と明確に思うようになった。
それは走り方や、山との付き合い方だけではなくて、仕事やプライベートを含む、普段の生活にも広がる変化である。

そんなに大きな変化が、たった1日走っただけで訪れるのか、と言われれば、決してそれだけが要因では無いと思う。それもまた、そこに至るまでの長い経緯があり、大きなバケツに少しずつ水が溜まってきていたものが、その瞬間についに満タンになって溢れ出た、というタイミングだっただけとも言えるだろう。
ただ、象徴的な出来事として、100kmがあったし、そこで感じたことが、大きく影響していることもまた事実である。

比叡山

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100kmを走った次の週末、二宮さんを誘って比叡山に走りに行った。実は、2人で走りに行くのはまだ2回目である。同じ会社で仕事をしていて、レースもしょっちゅう一緒に出ているが、2人だけで走ったことは実はそれほど多くない。そもそも僕が、普段から一人で走ることが多いし、時間も走りたい時に気ままに走る、という格好なので、自分から約束を取り付けて走りに行く、ということが少ない。

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ところが今回、三重まで4人で走り、「仲間と走るのも良いな、また誰かと走りに行きたいな」と思った。山から学べることはたくさんあるが、人から学べることも多い。「久しぶりに誰かを誘ってみよう」と思いたち、それで二宮さんと走りに行くことになったのだ。

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銀閣寺で待ち合わせて、比叡アルプスに入り、比叡山トレイルランのコースを坂本まで下り、また延暦寺に登り返す。三重まで行った時の話や、二宮さんの100マイルレースへの挑戦の話、仕事の話など、たくさん話した。二宮さんに前に行ってもらい、僕は後ろからついていく。後ろからついていきながら、あれこれ話しかける。坂本から延暦寺までの登りは、ほとんどずっと話していたけど、それでも二宮さんはベストタイムだったらしい。

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朝方に降った雪の残る大比叡を経由して(これが今年最後の京都の雪だった)、雲母坂を下っていく。二宮さんは午後から用事があるということで、このまま北白川に抜けて帰るというが、僕はもう少し距離を走りたかったので、水飲対陣で別れて松尾坂でも登り返そうか、と思っていた。そう思って下っていると、前からトレイルランナーが2人、駆け上ってきた。一人は女性で、一人は男性だ。

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よくよく見てみると、丹羽薫さんだった。これは驚いた。「あれー!」と、お互い声を上げた。
確かに丹羽さんも京都だし、どこかで会うこともあるかもしれない、と思ってはいたけど、少なくともこれまでは一度も山で出会ったことは無かった。
それが、一緒に三重まで走ってから10日ぶりに山に走りに来たら、また会ってしまった。なんなんだろうか。

最近、日立製作所の矢野さんという方が書かれた、『データの見えざる手』という興味深い本を読んだ。ここに面白いことが書いてあって、「人と人が再会する確率は、経過時間に反比例して減少していく」そうだ。つまり、ある人と20日後に再会する確率は、10日後に再会する確率に比べて半分になるし、50日後に合う確率は5分の1になるというのだ。

正直なところ、この法則は直感に反している。だって、誰かと誰かが出会う確率なんて、お互いがランダムに動いているものが、偶然に会うわけだから、時間の経過とは無関係なはずだ。ところが実際はそうではないらしい。矢野さんは、たくさんの被験者にセンサーを取り付けて、誰と誰がどういうタイミングで出会うかというデータをのべ100万日分集めて、この法則を見出したそうである。

この話は、「ほんまかいな」と疑う気持ちの一方で、ちょっと、「そういうこともあるかもな」と信じてみたくなるような話でもある。実際には、「出会うときにはなぜかよく会う」という体験はあるものだし、単なる偶然ではないように感じることだってある。お互いに離れていても、よく会う時期というのは、「同じようなことに取り組んでいる」とか、何か出会う確率が高いモードに入っているのかもしれない。

とまあ、そういう本を読んでいたこともあって、この時は「これか!」と思った。「これが矢野の法則か!」と。これまで山の中で一度も丹羽さんに会ったことは無かったのに、一緒に走った次の週にまた出会ってしまったのだ。

これはもう、ついていくしかないな、ということで(笑)、二宮さんに別れを告げて、今度は丹羽さんについていくことにした。もともと、そろそろ別ルートに別れようとしていたところだった。

丹羽さんは木下(英次)さんと一緒に自宅から往復50kmほどを走っていて、比叡山の上まで行って折り返すとのこと。そこで、今降りてきた道を、再び登り始めた。再会できた嬉しさで、小走りで登りながらも、100km走ったその後のことなど、あれこれと丹羽さんと話し始めた。しばらく行くと、木下さんが「私はこのあたりで折り返します」と仰って、戻っていってしまった。確かに少ししんどそうにされていたけど、もう折り返し地点は目の前。いきなり2人で話しすぎただろうか、と少し申し訳なく思った。

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それで2人になり、ケーブル比叡の駅まで上って、そこで折り返し、来た道を戻り始めた。丹羽さんは伏見の自宅まで戻るという。僕は最初は北白川で終わる予定だったけど、まあこの際、最後までついていっても良いかな、という気持ちになってきた。とりあえずついていけるところまで行ってみよう。

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比叡山を下り、大文字に登り始める。前回の三重行きは4人だったし、僕が遅れることが多かったので、実はそれほどたくさん2人で話せたわけでは無かったが、今回は2人だったこともあり、たくさん話しながら登った。朝から走った距離は、もう30kmを越えていて、これまでならすっかり疲れて、足も痛いし、そろそろ終わりにしよう、と思うような距離だったけど、話をしながら、あまり疲れとか足の痛みとかを気にしすぎず、ついていった。

そう。三重まで走って、何が一番変わったのかというと、そういうところだと思う。確かに足は痛い。身体は疲れている。そのことについて考えようと思えば、どれだけでも考えることが出来る。「痛い痛い」「しんどいしんどい」「そろそろ終わりにしたほうが良いんじゃないか」云々。

だけど結局、「行けると思えば行ける」のだ。それはそれとして、置いておいて、前に進む。なんなら、楽しいおしゃべりをしながら。身体の痛みや疲れは感じるけれども、それについてあまり深く考えすぎない。「行くんだ」と思うこと。

言ってみれば、「自己愛との決別」みたいなことである。いや、決別などできてはいない。そもそも、こんなブログを書いている時点で、どう考えても自分が好きなのである。だから、程度問題ではあるんだけど、ある一定以上の深さの自己愛を捨てる、ということなのではないか。

「痛い痛い」「しんどいしんどい」「もうやめたい」という考えを膨らませていくのは、ある種のナルシシズムなのではないか。自分が好きで、自分が大切であるがために、自分に優しくしてあげたい、これだけ辛い思いをしているのだから、諦めても良いはずだ、という自分への優しさ。その想いを募らせていく行為なのではないか。

いや、本当に怪我をしているとか、骨にヒビが入っているとか(実際去年の7月に起こったことだ)、体力の限界を超えていて真っすぐ歩けないとかであれば、すぐさま走るのはやめた方が良い。危険だ。しかし僕の場合、そのもっと手前で、「痛い」「しんどい」「やめたほうが良いんじゃないか」と考えていたわけである。

丹羽さんに「行けると思えばいけますよ」と言われ、行ってみたらその通り行けてしまった、という体験が僕にもたらしたのは、本当の限界の随分手前で、あれこれ考えていた自分の客観視であったし、その考えというのはどこから来るかと言えば、自分が好きだ、というようなところに、落ち着かざるをえないのではないか。それが、壁を抜けた感覚について、考えを巡らせた上で、僕がたどり着いた一つの結論だった。

そういうことが、一旦客観的に見えてしまうと、急につまらなく思えてくる。なんだ、そんなことだったか、と。本人的には必死なんだろうけど、思ってるほど大したことじゃない。まあ、行けるよ、進もうや、という。まさにそういう言葉をかけてくれた丹羽さんの気持ちが、だんだん分かる気がしてきた。

そんな経緯があり、大文字も、将軍塚も、楽しくしゃべりながら進んでいった。身体は疲れてきているけど、そんなのはこの距離を走れば当たり前のことである。丹羽さんだって、疲れているに違いない。自分だけに特別なことでもない。

将軍塚を登っていると、前から木下ゆかりさんが下りてきた。英次さんより遅れて、後ろからスタートして迎えに来られたらしい。木下さんは、僕たちに出会うと、くるんと折り返し、先頭を引き始めた。ここで急にペースが上がる。まだまだフレッシュな足で、上りを軽快に走っていく。「うわー、これはまた、大変なことになってきたな」と思っていると、丹羽さんが「ゆかりちゃんのおかげで追い込めるわー」などと話している。どんだけ。。笑

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なんとかついていって、結局丹羽さんの家まで走った。そこにいらっしゃった皆さんとお話しながら休憩させてもらい、それからまた家まで走って帰った。全部で50kmほどの道のりだった。

身体も心も、長い距離に少し慣れてきた。以前は、練習だとせいぜい30kmまでだったけど、感覚が変わってきた。50kmは短くはないけれど、走れるな、という感覚ができてきた。奥三河は70kmで、これまで出たレースで一番長いけど、少なくとも完走はできる気がしてきた。

Kyoto Mount Chopコースをたどる

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二宮さんと丹羽さんと走った翌週、また丹羽さんの練習に付き合わせて頂くことにした。丹羽さんは中国の100kmレースに向けた走り込みの時期で、福田さんと一緒にMount Chopのコースを走るという。僕も奥三河に向けて走り込みたい時期だったし、この際とことん行ってみよう、と、ご一緒させていただくことにした。

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福田さんとは、昨年春のMount Chopで一緒に走ったことがある。序盤からずっと後ろにつかせて頂いて、大原の手前で置いていかれるまで、結構な距離を一緒に走らせて頂いた。その時は、終盤にもう一度僕が追い越すことができたけど、5月の比叡山では僕より40分も速いタイムでゴールされている。丹羽さんとともに、レースでは僕よりも少し上のレベルのお二方である。

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序盤、比叡アルプスを登るところから、なかなかのハイペースで入り、うまくついていくことができない。丹羽さんも少し福田さんから離れることがあったが、僕はそこからさらに離れてついていく形になった。息が上がる。

比叡アルプスを登りきる少し手前で、石鳥居に向けて下る気持ちの良い道を走り降り、水飲対陣から一度八瀬に下る。ここから松尾坂の登り返しだ。この上りもなかなかのペースで、少し遅れて着いて行く。さすが通称「福田練」、これまでよりも少し強度が高い。

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松尾坂を登りきると、京都一周トレイル沿いに稜線を進み、横高山、水井山の激坂を越えて、大原へ抜ける。ここで僕は、あることに気が付いた。松尾坂も、横高山も激坂なのだが、一番しんどいところで、丹羽さんが話し始める。僕や福田さんに、話しかけてくる。こちらは、はあはあぜえぜえ言って、着いていくのも必死なのに、「え、ここで?」と思うようなタイミングで話しかけてくるのだ。仕方がないので(笑)、こちらも頑張って着いていきながら、話し始めるのだけど、ふと気づくと先ほどまでの苦しさを忘れている。そして、話している間にふと気づくと上りが終わっていたりする。

「あれ?これはもしや、そういう意図なのか?」と思い、丹羽さんに聞いてみると、やっぱりそうだという。しんどいところで、あえて話しかけていたのだ。そして、その効果はてきめんだった。これまで、きつい上りは、「しんどいな」「いつになったら終わるのかな」と思いながら耐え忍ぶ、という感じだったが、話していると、しんどさに頭が回らなくなり、しんどくなくなるのだ。(そんなバカな、と思うかもしれないが、まだやったことがない人はぜひ試してみて欲しい)。本当にしんどさを感じる量が減るし、ふと気づくと登りが終わっている、という感覚になる。これはすごい。結局のところ、「登りがしんどい」というのも、ある程度は頭の中で作り上げているイメージなのだろう。

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大原まで下り、そこからは焼杉山に登る。先月もMount Chopのコースをなぞろうと、一人で来た山だ。大原十名山の最後の山として残っていたので、一人で登りにきたわけだが、まさかこんなにすぐにまた来ることになるとは思わなかった。(これも矢野の法則だろうか)

焼杉山の登りも、思った以上に長い。何度もなんちゃってピークを越えて、ようやく山頂にたどり着く。そういうことならば、と、今度は僕の方から話し始めてみた。距離も後半に入り、だんだんと身体に疲れが出てくる時間帯だ。黙々と走っていると、どうしても疲れに気持ちが行ってしまう。こうなったら、話しちゃえ、と、丹羽さんとおしゃべりを始めた。

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結局ここから、翠黛山、金比羅山、瓢箪崩山、もう一度松尾坂を越えて、京都市内に戻るまで、ほとんどずっとしゃべっていた。身体は確かに疲れていたんだけど、なんだかんだと話しているうちに、京都に戻ってきてしまった。これはすごいw。ペースもまあ、そんなに遅くもなかったと思うし、2人から遅れることなく着いていくことができた。結局ずっと福田さんに先頭を引っ張ってもらい、僕は最後尾から着いていくだけだったけど、それでも足を引っ張らずには済んだ。最後は自宅まで走って帰り、この日のコースは58kmになった。

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やっぱり、だんだん長い距離に身体が慣れてきているし、これだけの距離でも丹羽さんや福田さん着いていくことができたことが自信になった。
これなら、70kmは行けそうだ。あと一回くらい長い距離を走って、本番に挑もう。

(後編につづく)